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阿波のような愛だった

日々の阿波を綴ります

お願いだから見張ってて

私は他人の日記を読むのが好きだ。それほどたくさんの人の日記を読んだことはないし、勝手に盗み読んだりしたこともないし、出版されてるものに限るけれど、他人の日記を読むのは楽しい。かつて、その理由を考えてみたことがある。

私は、他人が私と同じように一分一秒を過ごしている、ということを全く想像することができない。人は本当に、朝起きて、顔を洗って、歯を磨いて、コンタクトを入れて、化粧をして、着替えて、朝ごはんを食べて、家を出るのだろうか。全く信じられない。見ていないから。私と会っていない時は楽屋みたいな所にいて、出番になると誰かに呼ばれ、誰かのキューで然るべきところから私の前に現れるのかもしれない。

 

同僚A「おはよう!遅れてごめん!」

私「(何か返す)」

同僚A「いやあ、起きられなかったんだよね…」

 

みたいな台本が見つかっても私は驚かない。

その点、他人の日記を読むと、私と同じような時間を過ごしてるように感じて嬉しい。それが全部つくり話だったとしても。

 

私はひとりで過ごしている時間が長い。その間、私が何をしているか誰も知らない。私はそういう時間のほとんどを、無為に過ごしている。眠ったり、うとうとしたり、うつらうつらしたり、じっとしていたり、動かなかったり、固まっていたり、座ったり、立ったり、携帯を見たり、行ってはいけない場所へ行ったり、やってはいけないことをやったり、帰るのが億劫になったり、帰り道を間違えたり、帰り方を忘れたり、帰るのを諦めたり、まっすぐ帰ったりしている。

 

もうそんなのうんざりなの。

 

誰か私のことを見張ってて欲しい。やらなきゃならないことをやるように、やるべきことをやるように、やりたいことをやるように、見張ってて欲しい。

私はここにその日あったことをできるだけ正直に書こうと思う。私がこれまで無為に過ごしてきた日々を、正直に書いたら、私の周りの人は私のもとを去るだろう。そのあまりの退屈さ、凡庸さ、だらしなさに、幻滅するだろう。きっとそう。絶対そう。そうに違いない。

この日記を読む人はみんな見張りなのだ。私がおかしなことをしたり、するべきことをしなかったりしないように見張ってて欲しい。勝手なお願いで申し訳ない。そうして、これを読んだあなたが、私に幻滅するか、そもそもそんな見張りなんかやってられるかと言って、阿波のように嘘だったと消えたりしても、もう私には打つ手が全く残っていない。